煮え切らない想い。
2017年08月08日
【9秒92】
これが世界陸上2017(ロンドン)で見事に復活優勝を果たした、アメリカ代表ガトリン選手の優勝タイムだ。スーパースターは敗れた。
【9秒95】
これが、ウサインボルト選手の最後の100mのタイム。
3位というなんとも微妙!?
な順位で世界の舞台から姿を消す形となった。
見事なまでに期待を裏切られた。
2009年、ベルリンの地でボルト選手自身が出した脅威の世界記録【9秒58】からは程遠く、、、。
裏切られたのはその記録だけでなく、どんな時も観客を楽しませる姿勢。
スタート前、カメラにその姿が抜かれると、自信満々に挑発的に、真剣勝負を心の底から楽しむボルト選手が今大会は一度も見ることが出来なかった。
鬼気迫る形相で、戦いに挑むボルト選手から『らしさ』を感じ取ることが出来なった。
おそらく、多くの観客がそう思っただろう。
それでも、心のどこか隅で、ゴール後に歓喜するボルト選手の姿を期待せずにはいられなかった。
きっと、それだけのスーパースターなのだから。
これをあっけない結末とするのか。伝説とするのか。
負けることを確信していたのは、きっと本人自身ではないだろうか。とすら思えてしまうラストランだった。
長年、ボルト選手に負け続け、復活優勝を遂げたガトリン選手は、35歳。
陸上の花形といえば、100m,200m走。
次世代を担う、スーパースターの誕生はまだ先になりそうだ。
期待された日本勢もあえなく、準決勝で敗退。
ファイナルで日本選手が活躍する姿を早くみたい。
連日、熱戦を繰り広げる世界陸上。
放映権の問題もあるのだろう。
それにしても、メディアが取り上げる時間が少なすぎるように私は感じる。
これはただの小言
今、自分自身が素直に感じることをあえて書いてみたい。
世の中には色んなバックグランドがあり、どうしても伝えきれないこと。
色んなしがらみの中で、断念しなければならないことがあるのは重々、承知の上である。
目の前の結果(視聴率だったり、閲覧数だったり、発行部数だったり)を出さなければ、生き残れないこともわかっている。
それでも、この小言がなにかのきっかけとなれば、、、。
今回の世界陸上、ウサイン・ボルトのラストランということもあり、他のスポーツに比べれば、それなりにメディアに取り上げられることは多い。
では、先日の都市対抗野球選手権、優勝チームを知ってる人はどれぐらいいるのだろうか。
世界陸上の前、ハンガリーの地で繰り広げられた世界水泳で、日本が金メダルを獲得できなかったことをご存知だろうか。
始まった夏の甲子園。どれだけの出場校をご存知だろうか。
サッカー女子、なでしこJAPANが先日、海外遠征を行っていたことはどうだろう。
バスケットボール女子日本代表がアジア連覇を達成したことはご存知だろうか。
今、Jリーグでは、プロ野球では、どこのチームが首位かどれぐらいの人がわかるだろう、、、。
スポーツに興味ある、私でも注意を払って、毎週毎週、週末になってはテレビ欄を眺め、ネットではスポーツ記事を検索し、スポーツ新聞を眺め、なんとか情報を得ることができる。
放映権があって、なかなか民放等、誰もが観れる番組で放送できないないことも要因の一つではあるのだろう。
でもどうだろう。
政治家のスキャンダル。芸能人の不倫。不祥事。役人の不正、、、。
これなら、多くの人たちが詳細をご存知だろう。
議員が経費としてグリーン車を利用すること、いいホテルに泊まること。
これは認められている。
それはわかる。当然の権利とも思う。
では、税金でグリーン車に乗り、いいホテルに泊まり、不倫することは果たして、認められているのだろうか。
そんなことは許されることではない。誰でもわかる。そんなことに公務を利用するなんてことは、論外。
国の補助金を不正に受給し、逮捕。
まあ、許しがたいことではあるが、捕まればそれでいいと思う。
毎週毎週、何時間も時間を割いて、誰かの不倫に不祥事に、、、。
コメンテーターたちがこぞって、面白おかしく、検証している。
よくもまあ、こんなに話題があるな。というぐらいに、、、、。
最近は、ほんとに見るに耐え難い。
罰を与えて、それでお終いでいいと思う。
そんな話題は見たくもないし、聞きたくもない。
なぜだろう。。
単純に、ほんとに単純に自分は、『こんな放送、こんな記事、こんな雑誌』を取り上げるなら、一つでも多くのスポーツ関連の話題を取り上げて欲しい。
と、切実に思う、、、。
でも、これは我々、受け取る側にも責任はある。
答えは一目瞭然である。
これら類の話題は、各方面で、先程述べた、目先の『結果』を出すことが出来るからだ。
どうだろうか。
誰だか有名な人達の不倫騒動、熱愛騒動。政治家達の不祥事、汚職、、、、。
こんなもの、数ヶ月、いや数日で忘れ去られる。
どんどん上書きされていくのだから。(だから、後を絶たないのかもしれないが)
でも、スポーツは違う。
語り継がれる名勝負として、偉大な記録として、そして感動は人々の心の中に必ず刻まれる。
偉大なスーパースターでも、子供の頃に、○○選手の活躍をみて、この道を選んだ。
と聞くことは多い。
スポーツは偉大。
大袈裟かもしれないが人々の人生を豊かにする力がある。
一人でも、多くのアスリートの経歴、逸話を知りたい。
苦労したこと、努力してきたこと、想い、日々、どんな練習をしてるのか、、、。
一つでも多くの、名勝負の目撃者でありたい。
筋書きのないドラマは、人々の心に響く。
一つでも多くのスポーツに関わりたい。
そのためには、メディアの協力なしでは有りえない。
その義務は、メディアにあるのではないだろうか。
本当の意味で、人々の心を揺さぶるのは、人の心を動かすのは、言動を変えるのは、、、、。
どっかの誰かの『不正』を知ることではない。
誰かのために、何かのために。
必死に、何かを掴むために。それでもその何かが掴めなかったり、、、。
懸命に、必死に、ひたむきに、目標に向かって、『本気で戦う姿勢』を目撃することだと思う。
そうは思わないだろうか。
単純にそれをもっと身近に感じたくはないだろうか。
私は感じたい。
でもまあ、あくまでこれは小言である。
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